-
最近の投稿
アーカイブ
カテゴリー
投稿日カレンダー
2026年8月 日 月 火 水 木 金 土 « 7月 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31
クソ忙しいのに映画『Michael』を観てきた。(笑)

皆さんにはどんな部分が響いて流行っているのか、興味本位で聞いてみたい。
なぜなら俺がイイ作品や!と思う点とは違うような気がするから。
親から抑圧、支配されて、それでも成功し名曲、素晴らしいダンス、そしてパフォーマンスを生み出したKING POPに焦点を当てた作品であるのは間違いない。
しかし俺は、父親の支配から解放されたサクセスストーリーより、あのマイケルでさえ『自分次第でなかった』んやな。という印象が強く残った。
マイケルが肝心なところで、他人を使って自分の意思を伝えさせるシーンが度々あった。
あれは見ていて自分で言えや!と少し腹が立った。
父親は素晴らしいリーダーシップを発揮していたし、まぎれもなくマイケルの成功は彼無しでは語れないと、俺は思う。
兄弟とはいえチームを統率するときには、公平な『罰』は付きものである。
マイケルがただの優秀な歌手、ダンサー程度ならこの指導でよかったんやろうが、マイケルは父親の器に収まらない、紛れもない天才や。父親はそこを見誤った。
マイケルが度々口にした『Destiny』
前半で使われたこの『運命』というセリフは、まさかこんなことが自分に起きるなんて?と驚きとともに『運命が訪れた』というニュアンスで使われていたと思う。
だから父親から逃避する勇気が持てなかったのかもしれない。
しかし頭部を火傷した後の弁護士とのやり取りから、『向き合わなきゃ』そして運命を『Mine』と締めくくった。
この運命は『自分のもの』だと。

こうなりゃマイケル無双状態・・・。(笑)
自分の意思は自分の力で、自分の声で伝えてこそ『自分の人生を自分次第で生きる』ってことを強く強く感じた作品やった。
そういやガキのころ、阪急西宮スタジアムでMJのライブがあって、
『たけふく』って店の角に立ってたらLive後のMJが車から手を振ってくれたな・・・。(なんで、たけふくにリンクすんねん俺、笑)
先日、志塾同期生の加藤公理のクラウドファンディングがあって、トマト農家のスポンサーになりました!
サプライズと言うか・・・アイツが友情の証に、とトマトの木のオーナーにまでしてくれちゃいました。(笑)

その動画がこちら。(0:48あたり、笑)
せっかくなんで『株式会社グローバルウォーク』でお願いしました。
長野県にある平谷村ってとこの高原トマトで、去年も食べたけど恐ろしく旨い!
今はまだ一般販売してないけど、再来月くらいが食べごろかと。
よかったら皆さんもどうぞ!
下品
「ただ、ひとの物腰だけで、人を判断しようとする。下品とはそのことである。」
「如是我聞」では礼儀、身振り、物腰という表層から人間を判断する態度そのものを「下品」と呼んでいる。
ということは、下品な人がいる。
のではなく「人を表面情報で分類する眼差しが下品」と言っているのだ。
何年か前にそうやな・・・。と思たことが、古く文学の中にはこういった教育がつぶさにあるものだ。
以前落語家の桂春蝶さんの『人間失格』を聞きに行ったことがある。
春蝶さんも凄かったが、モトネタが素晴らしくないと、こうはならんやろな・・・。と思た。
笑えるのは安住さんの「走るなメロス」やけど。(笑)
太宰治っちゃ~凄い人や・・・。
38歳で亡くなったんやが、この若さで凄い作品を何作も書き、もうすぐ亡くなって80年くらいやけど、素敵に深堀され、アレンジされてる。
今年はもう少し太宰を研究しよう!

正義と微笑 太宰治
先日仲間が、太宰治のこんな作品を教えてくれた。
日記形式で書かれた本小説は、悩みが尽きない現代の大人に刺さる作品だ。
もう君たちとは会わないかもしれないけど、お互いにこれから、
うんと勉強しよう。勉強と言うのは、いいものだ。
試験の勉強が、試験を合格してしまえば、もう何の役にも立たないものだと思ってる人もあるようだが、間違いだ。
植物でも、動物でも、物理でも科学でも、建築でも土木でも、時間の許す限り勉強して置かなければならん。『日常の生活に直接役に立たないような勉強こそ、将来、君たちの人格を完成させる』のだ。
何も自分の知識を誇る必要はない。
勉強して、それからけろりと忘れてもいいんだ。覚えるというのが大事なのではなくて、『大事なのは、“カルチベート“されるということ』なんだ。
学問なんて、覚えると同時に忘れてしまってもいいものなのだ。
けれども、全部忘れてしまっても、その『勉強の訓練の底に一掴みの“砂金“が残っているものだ。』
これだ。『これが貴いのだ。勉強しなければいかん。そうして、その学問を、生活に無理に直接に役立てようとあせってはいかん。
ゆったりと、真に“カルチベート“された人間になれ!』
これだけだ、俺の言いたいことは。
君たちとは、もうこの教室で一緒に勉強は出来ないね。けれども、君たちの名前は一生忘れないで覚えてるぞ。君たちもたまには俺の事を思い出してくれよ。
あっけないお別れだけど、あっさり行こう。
最後に、君たちの御健康を祈ります。
素晴らしい文章や!
人はなぜ浅いのか?
軽いのか?
ヌルいのか?
の答えがまさにここに詰まっていると言える。
人生に役立ちそうにない事に興味関心を傾け、『探究』する。
そうしていくうちに感覚から手に入れた、今までの知識や情報をもとに判断された思考力、行動力で、未知の壁を打ち破っていく。
その一つひとつの考えや考え方が太宰の言う『砂金』だろう。
この連続性によってカルチベート『される』のだ。
カルチベートとは磨くという意味である。
そのほかにも耕す。洗練される。がある。
カルチベートされた人間になれ。とは『人格を耕し人格を磨き、洗練された人になれ。』と俺は理解した。
三國清三さんが、かつて師匠アランシャペルに言われた言葉も『セパラフィネ』(洗練されていない)だった。
こう考えると一流とは、洗練されていることなのかもしれない。

女王の教室イッキ見した!
本作品からSPまで見たせいで、裏描写もよく分かりメチャクチャよかった。

色んな刺さる言葉は沢山あったが、リーダーの視点でアグリーやったことは『罰が平等である』てことやな。まさに公平性になくてはならないボーダーやと俺は思う。
一番アツかったんは、やっぽり『人を変える事は出来ん』
でも人は『変わることができる』
を信じて信じて、信じぬいてた。
リーダーがすること、できる事は、困った時に助ける事やない!絶対に違う!
リーダーが絶対にしなければならない事は、『困難を乗り越える力を身に付けさせることや』と俺は思う。
その点で阿久津真矢は、まさに乗り越える高い、強い、甘くない優しい
『壁』やった。
せやから最終回の『仰げば尊し』はメチャクチャ俺は泣いたな・・・。
それでも阿久津真矢は斜め上を仰ぐだけで、涙をこぼさない・・・。
誰にもお礼も言わない、生徒が成長したと分かっていても褒めはしない。
そう壁を乗り越えたとて、終わりではないから。
その時相手が理解できなくても『正しいことを言う』
その時理解してもらえないだけでなく、誤解があれば嫌われる、恨まれる。
そんなことを好きな人はいない。
そんなことができるほど、人は強くはない。
でもやる。
正しいことをして間違えても、いつか必ず誰かに伝わる。
いや誰にも伝わらなくてもいい、という『覚悟』ができる。
生徒に自分で生き抜く力が身につくなら、自分の本当の気持ちなど伝わらなくてもいい。
それが教師という仕事だから。
これだけの覚悟があっても現実は残酷。
せやのに『教師で在り続ける限り、自分が想像できない奇跡に出会えますから』と言う・・・。
カッコよかった!
本当にメチャクチャカッコよかった!
強さがカッコよかった!
そして本気やった!
これ見たら俺まだまだ本気ちゃうやん・・・て思ってしもたわ。
まだまだ強さと愛が足らん。
さて今からやったるねん!
やるで俺!
俺の周りには結構ネガティブな奴がおる。
ポジティブに見られてるけどネガティブなヤツ。
言い訳するときにネガティブが出てくヤツ。
ネガティブな発想、発言、行動をするヤツ
根っこがネガティブなヤツ。
まだあるやろけど、色んなネガティブな奴がおる。(笑)
そんな中で聞かれた『どうしてそんなにポジティブなの?』
簡単なこと。
怖いから。(笑)
道路を前向きで歩くのと、後ろ向きに歩くのやったらどっちが安心、安全?
って確実前向きやん。(笑)
危なすぎて絶対に俺は後ろ向きでは歩かん。(笑)
ネガティブな奴の根っこは『後ろ向き』ってことやと俺は思てる。
そんなんで訪れた『結果』にええことあったかな?
本気でポジティブに成りたいのやったら、本気で『ネガティブ出身者』に成りたいのやったら最後のアクションを変えること。
ほとんどの場合『言動』や。
行動を変える事は結構難しいから、お勧めは『セリフ』を変える、あるいは『絶対に使わない』とすること。
そうすれば根っこにある思考や発想、それこそ行動も変える事ができる。
『使わない言葉』を決めろ!
『禁句』を守れ!
