ブログ|株式会社グローバルウォーク

オフィシャルブログ

10月の壁画

最近日記ばっかりでホームの記事をアップしてなかった・・・。

と、いう事で各ユニットの壁画です!

 

    【1Fユニット】

 

 

 

    【2Fユニット】

最高の教師

またまたNET FLIXネタ(笑)

 

何か見ようかな・・・。と思っていたら、芦田愛菜の顔面がやけに説得力があって(笑)、今から3、4年前にしていた学園ドラマ、『最高の教師 1年後私は生徒に◆された』を見ました。

 

 

キーワードは『やれることは何でもやる。』と『憶測で語るな。』

 

このほかにも、各回においてキーワードは沢山あった。

しかしとてもとても素敵なセリフに出会い心を打たれた、とともに『そうよな。』と深く相槌をした。

 

 

『本気の覚悟は世界も常識も覆す。』ダ!

 

 

言うは易し、やるは難し。

やるは難しも、覚悟を決めて本気でやれば、「やれる」どころか社会や常識を変える。

嘘のような、でもホントの事。

 

 

師匠BOSSの言葉を思い出す。

『やるか、やらんかちゃうゾ。やるか、メッチャやるしかないんやゾ!』

 

 

やるか、やらないかで取り組む人の結果は、どちらかしかない。

メッチャやった人は社会も常識も打ち破る。

 

ルールを守るやつはアホ。

賢い奴はルールを変える。

すごい奴はルールを作る。

 

(※誤解がないように補足する。アホとはルールが正しいか思考、判断せずに正しいものと『思いこみ』やり続ける人の事)

 

 

・・・これもまたBOSSのセリフやん(笑)

 

 

今の現状で変えたいことは、少なからずある。

やれることを何でもやって、本気の覚悟でメッチャやる。

そうやって自分も自分以外も巻き込んで、現状より『もっと』いい景色を作りたい。

 

女王の教室か3年A組あたりも見たいな〜・・・。

人は何者にでも成れる。しかしまだ何者でもない。

自分を前に進められない。

自分を変える事が出来ない。

 

いや、正しくは…。

 

自分を前に進められるけど、進みたくない。

自分を変えられるのに、変えたくない。

 

進められない、変えられない。ではない。

 

進むことができるのに進まないのは、進みたくない。だけ。

変えられるのに変えられないのは、変えたくない。だけ。

勇気がない、ただのビビりなだけ。

自分が可愛いだけ。

本気になって取り組んで失敗したくないだけ。

 

 

しかし失敗などないのだ!

 

 

他人の目を気にしているだけ!

進んだ自分や変わった自分を見てくれるか?認めてもらえないんじゃないか?自分を好きになれるか?

そんな些末な事だろ?

恥も外聞もないのだ。

 

 

今日が過去イチ最高かもしれないが、人生史上最高は明日かもしれない!と思え!(俺は今日だが、笑)

 

 

悪目立ちこそすれ、あなたが思っているほど誰もあなたを見ていない。

 

 

言い訳しているうちに、人生などあっという間に終わる。

気付いた頃には体は言う事を聞かず、動かない。

そんな満身創痍の時に自らを鞭打つより、今この時にやるべきだ!

ラストチャンスと言っていいだろう。

 

進みたくなくても、変わりたくなくても、感情は置いておいて、まずやろう!

進め『た』、変われ『た』と過去形で話す後悔はしたくないだろう。

 

 

 

今、あなた達に届くと信じて、あなた達が変わるキッカケになると信じて書き残しておく。

過去ログ2

先日の『ユメカナウ』で、書いた叶えたい夢の話し。

インタビュー記事がネットに落ちてたから貼り付けとこう!(笑)

 

 

「目の前の人を笑顔に」をモットーに介護事業展開最後が最も輝く「セミの人生」を

ユメカナウ!

先日駅で教え子に偶然バッタリ出会った。

『就職しましたよ!』と元気な声だったが、直後にその顔が曇った。

初めて食事介助をさせていただいた利用者が亡くなったそうだ。

 

 

落ち込んでいる彼女を励ますつもりではなく、単純に心に落ちてきた言葉をそのまま伝えた。

『辛いだろうけど、あなたの人生の1ページに登場してくれて感謝だね。また誰かに繋げていこうね。』と。

 

 

去り際に『先生。介護とは心にかけて尊厳を護る事。ちゃんと覚えてますよ!』と言ってくれた。

 

 

メチャクチャ嬉しくて電車に飛び乗った。

 

想いや考えが伝わるって嬉しい。

心に届いたって嬉しい。

心に留まってることが嬉しい。

 

自分の言葉を他人の口から聴けた事が、嬉しさを超えて最高に幸せだ!

ひとつ自分の夢がかなった!

 

 

ありがとね!

過去ログ

SNSの過去ログから、昔のブログがでてきた。

 

 

少し恥ずかしくもあったが、なかなかイイコト書いてんじゃん!(笑)と思ったので、お裾分けです。(笑)

https://carecab.jugem.jp/?eid=4&pagenum=0#gsc.tab=0

鉄の女 マーガレット・サッチャー

先日故郷沖縄に墓参りを兼ねて帰省していた。

が・・・。伊丹空港で5時間遅延・・・涙。

 

文句を言っても仕方ないのでラウンジでU-NEXTを検索し、『マーガレット・サッチャー鉄の女の涙』を観た。

 

 

好きな女優メリル・ストリープが演じていたのも、観るにはハードルを低くしてくれた。

 

歯に衣着せぬ物言い。

やると決めたら、これが正義と決めたら、損得勘定なしにやりきる!という信念のある英国首相と記憶している。

 

この映画は晩年のサッチャーから始まり、回想するドキュメンタリータッチで描かれていた。

首相辞任後の晩年、彼女が認知症であったとは、作品を通じて知った。

今日ここでブログに挙げる理由はこの点だ。

 

過去のことを思い出すシーンと、亡くなったご主人が『いる』と錯覚しているシーンが複雑に絡み合い混乱していた。

たびたび引き出しの中のものをひっくり返し、『生前整理』をしていた。だがこれはサッチャーのいる世界ではなく、『周りの人がいる世界で』、みな少々呆れ気味で哀れに彼女を見ていた。

 

しかし『サッチャーの世界』ではただの『荷造り。』

 

夜通し続く荷造り。部屋中衣類や書類が散乱し、時に過去の記憶と相まって立腹し、焦燥し『断捨離』もしていた。

 

朝方訪れたサッチャーと娘の会話が素敵だった。

 

娘『おはよう。これどうしたの?』

サッチャー『荷物をまとめてるのよ』

娘『そう、なにか手伝おうか?』

サッチャー『いいのよ。私がするから』

娘『そう、わかったわ。』

 

『ここから先はサッチャーの世界』と玄関の表札に書いていたのか?というくらいの対応力。

くわえて『正そうとしない。』こと。

 

 

我々もこういう対応をみて学ばねばならない。

 

誰かに『こんな対応をするんだよ』と言われてすることから始め、気付いて直し、気が付いたら普通にできるようになっていた。

これが『身についた。』という証拠。

 

今からでも遅くはないから、『私たちのいる世界から出て』少しずつ始めよう。

納涼会&Birthdayparty!

会議・・・。と言いつつ納涼会!(笑)

 

 

子育て中のスタッフもいるので、全員参加はなかなか難しい。

昔、昼過ぎから事務所で焼肉したときは、全員参加したな・・・。

外部の人も来たからえぐい数だったな(笑)

加えて・・・翌日から3週間ほど臭いがとれなくて最悪だった・・・。(笑)

 

それから先日誕生日だった野郎(笑)と、もうすぐ誕生日の組長(笑)の誕生日会!

 

 

みんなで祝うのはいいよね!

証明

SUPER BEAVERの曲で、彼らの曲の中でも上位に位置するくらい好きだ。

 

 

二人といない 前例もない 比較できない

対象がないから 独りが怖い

当て嵌めてたい 比べるでしか価値が見えない人へ

 

 

ほかにももっとグッとくるとこがあるんだが・・・。

今日はこんな人にメッセージを。

 

 

自分の人生を自分『次第』で生ききるとは、誰かと比べる事ではなく、自分のしていることを正当化することでもなく、ただただ湧き上がる気持ちに対して『行動して丁寧に形にする事』だと思う。

 

PDCAサイクルをまわす。などと世間様では言うが、わたしはDCAPサイクルだ。

計画(P)から入ると考えすぎて怖くなったり、やった気になってDOにうつれない時が過去にあった。

だからまず動いて(D)、チェック(C)して、改善(A)して、形(P)にする。

最終目標の『形』に拘るからこそ、わたしは初動の『DO』を欠かさない。

そして、これこそが湧き上がる気持ちの『証明』なのである。

 

 

口では何とでもいえる。

心の中では何かを確かに想っているのだろう。

だが、『DO』を無くして『気持ちの証明』にはならないのだ。(そもそも気持ちや目標、目的がない人にはこの話しは伝わらないだろうが・・・。)

 

 

そんなことを考えもせず、何かに自分を当て嵌めて、他人と比較することに価値を感じてしまう人がいる。

自分と同じ人はいないし、自分と同じような生き方の前例もないし、自分を他人と比較しても優劣はない。

 

 

続きに、『生まれて死ぬまで一人なのは、誰も独りきりではない。』という証明。という歌詞がある。

 

 

まずは一人(何かに当て嵌めたり、誰かと比較などせず)になって湧き上がる気持ちを自分の行動で『証明』してほしい。

一人になることは『孤独』ではないのだから。

 

想いに間に合わなかったとき

今月はグループホームの全体集会。

毎年2回の消防避難訓練を兼ねて開催している。

その中で『幸せになるための認知症ケアproject』の中間報告をするにあたって、各ユニット担当者と打ち合わせをしている。

目指している目標、現況報告、改善案、担当者の想いを話してもらうのだが、一つずつ組み立てないと担当者の想いに引っ張られて、話が一方向にしかいかない・・・。

 

だが、リアルな話しは聴いていて頼もしく、愉快である。

 

認知症の方か否かに関わらず、人の不安は無くならないし、消せはしない。だから認知症ケアにおいて最も大切なことは、不安を除去する事ではなく『安心していただける』アプローチや環境作りだ。と私は考えている。

だからこそ利用者に不安が起きた時『いつ、どこで、どのような』状況だったかを把握し、そしてその不安の前に『どんな気持ちになっていたか?』を想像することが必要だ。

そこからどんなことができるか?どんな環境が望ましかったか?をアプローチに繋げていく。

 

そうでなければ認知症ケアは『不安症状の火消し』に終始してしまい、あまりにも専門性がなさすぎるし、利用者は『私たちを困らせる存在』になる。そしてスタッフも疲弊する。

誰にとっても幸せは訪れない。

 

『不安に寄り添う』とは徹底的に不安を分析することなのだ。

そんなことを日々喋っている中で、担当者が書いている一文が目に留まり心に刺さった。

 

『想いに間に合わなかった場合は・・・』

 

彼女には珍しい言い回しではなかったのかもしれないが、あまりにも私の心には刺さった。

私が言う『不安症状』を彼女は『想い』と捉えていて、対応の遅さを『間に合わなかった』という人を責めない言葉を遣っていた。

とても、とても素敵な言葉、そしてセンスだ。

 

専門家になれば知っていることも、分かっていることも増える。

しかし『見えていない』ことがある。

それをスタッフから学んだ日だった。

感謝感謝。