最近読んでいるブログに、こんな言葉が書いてあった。
『あちこち旅をしてまわっても、自分から逃れることはできない。』
アーネスト・ヘミングウェイの言葉だ。
これは自分探しをしに行っても、自分は見つからない。
探している自分は『自分の中にしかない。』
や
問題から逃げ回っても、問題から逃げている自分からは逃げ切れない。
という意味だ。
これを読んだ時
トラブルが起きた時に「自分は悪くない。」と自分を変化させずに相手を変えようとする人間は、『必ず同じトラブルを繰り返す。』てのと同じやなと思った。
自分次第で生きてないヤツや、自分次第を生きてるっぽいヤツや、自分次第を分かったフリしてるヤツは、だいたいこうや。
自分次第で生きてるヤツは、『さっさと自分を変化させ、変化した自分に馴染んで、それを自分のものにして、大きく成る。』と俺は思う。
俺の親分は、すでにデカいから変化してないように見えるが、深く見ると自分を変化させてきたから『今』デカいのやと理解した。
成りたい自分が今の自分ならいい。
今の自分に満足してるなら、そこにいればいい。
しかし成りたい自分が、今よりもっとデカくて、もっと素敵で、もっとカッコいい自分なら、『素直に自分を変化』させれなイカんわな。
自分次第ってそういう意味やで。


『陽が落ちる』
映画館で観る予定やったのに、まさかの1週間で上映終了・・・。
よってU-NEXTでレンタルして見る事になった。
まだ2作しか見ていないが、柿崎ゆうじ監督は『優しい』女を描きたいのだろう。
優しいとは親切でも、甘やかすことでもない。
ただひたすらに『強い』のだ。
前回観た宣誓を上回る『強さ』を感じた。
共通していることは『男の面構え』にすることだ。
目の前でご主人が泣き出した時には「情けない!」と一蹴する『強さ』
酒を注いで部屋に戻ろうとした際に障子越しに聞こえてきたすすり泣き。目の前で起きていない甘えには、敢えて気付かないふりをする『優しさ』
対極にある2面性の感情ギャップを1人の女が包括しているシーン。
とても素敵な女だと思う。
回数なのか、セリフの強烈さなのか、強さの度が過ぎる・・・(笑)
ちょっと強すぎて俺が逃げ出しそうやった。(笑)
しかしそんな度が過ぎた感じが故か、ラストシーンの発狂とともに『強さは作られたのだ』と思った。
凛と気丈にふるまう態度も死を前にギリギリだったのだ。
そんなことを思いながら振り返ると、やはり女は凄い。
男代表ではないけれど(笑)代表して敬意を表したい。

科学には明確な定義はないようだが、辞書には自然の事物、事象について観察、実験等の手法によって原理、法則を見いだす、いわゆる自然科学及びそれに係る技術をいい、その振興によって国民生活の向上、社会の発展等が図られるものである。
と書いてある。
・・・要約すると『起こった出来事から原理、法則を見つけ社会貢献する学問』といったとこだろう。
故にその正しさを証明するためには、『再現性』が求められる。
俺が力を入れている人材教育には、この再現性が『一定量必要である』と考えている。その一定量というのは『ルール』である。
このルールに従えば、誰にかかわらず必ず結果が出るというルール。原理、法則があるルールだ。
質の高い仕事をしろ!と抽象的な言い方で結果が出せる者は、そもそも能力があった者か、確かな原理、法則を理解している者である。
ルールのない組織では、『放っておいて』結果は出せない。
ルールを作るか、まずは再現性のある手順を教える以外に結果は出せないのだ。リーダーは毎日の中から課題や問題をきちんと捉え、それを解決する方法から『再現性のあるルール』を作っていくことが求められる。
そこで生まれた確かな結果の積み重ねこそが、理想の道を歩くことだ。と俺は思っている。
再現性を手に入れろ!