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感性とセンスが織りなす綾は素敵である

感性とは一つの方向から一点を見つめるのではなく、そのものの背後にまで回り込んで、全てを感じるように関心を持つ『力』だと思う。

 

センスとは、色の無いところ、音の無いところを『感覚』で捉え、色を起き、音を鳴らすという『表現力』だと思う。

それには『自分の言葉』をもちいて、『自分の動き』で花を添える鮮烈さが求められる。

 

 

どちらにも『力』という字を使ったのは、これが先天的な『持って生まれた』才能ではない。と信じているからだ。

 

 

先日伯母と食事をしていた際『親戚の中でアンタに一番期待していなかった。』と言われ、とても嬉しかったし、伯母の言葉のチョイスや、この『時間差』攻撃が素敵だと思った。

そりゃ大人の意見は聞かないし、悪さするとんでもない悪タレ小僧だったから。(笑)

期待なんてされなくて当然。

 

 

だけど、あの時期待されていたら、応えられなかったのは間違いないし、素直さを失い伸び伸びと成長させてもらうことはなかったはずだ。

また期待していなかっ『た』という言葉は、今期待をしてくれていなければ使われることのない言葉である。

つまり長い歳月をかけて、いい意味で僕は伯母の期待を裏切ることができたのだ。

 

 

あの時の僕に余計なプレッシャーをかけず、今日までの成長を見守ってくれていた伯母と伯母の感性に感謝である。

あの時じゃなくて今、過去形で話してくれたセンスの良さにシビれた。(笑)

 

 

感性とセンスが織りなす綾は素敵である。

 

 

感性を高める事を怠るやつは、『見分ける力がなく』詐欺師に騙される。

詐欺師に悪そうなヤツはいないし、人がよさそうに見えるのが詐欺師だから。

本気でお前を騙しに来てるプロだから。

しかし感性が高い奴は絶対に見破る。

 

 

センスを磨くことを怠るやつは、錆びる。

錆びた言動で、誰かの心に『何かを残す』人にはなれない。

誰かの心に何かを残す人は必ず、『自分の言葉』を使う。

世界の波に乗るのではなく、『自分の動き』で世界に波を起こす。

 

 

感性を高め、センスを磨く。

一流になるのに欠かせない研鑽である。