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これは私が『リーダーの資質』として核にしている言葉である。

先日東京は四谷にある『三國』に行ってきた。
それはそれは素晴らしいレストランで、料理もものすごく美味しかった。
以前の80席ではなく、カウンター8席で三國さんとコミュニケーションが取れるというスタイル。
わたしは食物アレルギーがあるので、他の皆さんとは別メニューを用意していただいた。ゆえに客の存在としては一番目立つ・・・(笑)

三國さんから『火を入れて新鮮。形を崩して自然』という、彼の師匠である札幌グランドホテル、村上料理長の言葉を教えていただいた。
『生が一番新鮮なんです。生が一番うまいんです。』と言いつつ、だからこそこの言葉の境地に辿り着いて『一流』なのだ。という事。
言葉の理解て難しい。
けど、まずは『知って、遣って』こそ自分の遣う言葉に『深み、味わい』が出るものだと思う。

【 ポール・マッカートニー 】

【 フランス料理界のダディンチ、アラン・シャペルさん 】
素敵な空間、素敵な時間、素敵な味でした。

『三國シェフと』
2025年はとても充実した、濃密な1年だった。
1年があっという間の45年だったが、今年は、非常にゆっくりとかみしめる様に過ごすことができた。
誰かが言っていた『あっという間に1日が、1週間が、1年が過ぎる人は何かに追われている人である。』という言葉から考えると、仕事の仕方、時間の作り方、スケジュール調整など、自分なりに『時をコントロールできた』のだろうと思う。
ある程度子分たちに仕事を任すこともできたし、勇気をもって『見ない』というリーダーの在り方もできるようになった。
ここ数年との違いは、芝居や落語にミュージカル、映画、音楽、リラクゼーションなどなど、仕事に関係のないところにお金を使い、価値観の枠が広がり、感性高く、センスも磨かれた。
それを帰ってシャバで開放し、成長を実感できた1年だった。
これからも内側と外側、色んなものに目を向け自分を成長させたいと思う。

先日大阪難波にBachoのLIVEを観に行った。
インディーズだし売れてないので、なんの予習もなしに本番に挑んだのだが・・・。
恐ろしく良かった。(笑)
メンバーの阿吽の呼吸、音、歌詞。
俺は普段LIVEで歌詞を正確に聴き取れないのだが、彼らの楽曲は歌詞を『際立たせる』。
結構泣いたな・・・。(笑)

それから数日後、名古屋で劇団四季の『マンマ・ミーヤ』を観た。
これも最高に良かった。

キャスト一人ひとりが、与えられた役を理解し演じ、そしてそれを楽しんでいるようだった。
席はド真ん中のド真ん中だったので、全体を見るには適した場所に思えた。
しかしメインキャスト以外にも目をやる場面があったので、以外にも角度をつけた席のほうが『違った発見』があるのかも・・・。と思えた。
さてこの俺のブログでしか交わることのない、『Bacho』と『劇団四季』。(笑)
Bachoには勇気と主体性、直線的視点を。
劇団四季からはパワーと自主性、多面的視点が感じ取れた。
共通していることは『生と動のエネルギッシュなところ』
色んな発見のあった1カ月。
目先の事や感情、自分の事をいったん傍らに置き、お金と時間を遣って『他人を見る』。
見て『自分を見直す』。
それを経て身近な『シャバ』で、身近な『他人』を理解する。
そうして『自分が見えてくる』
ありがとう。俺以外の人たち。(笑)
私はいろんな人と話す。特に年末ともなると、しょっちゅう会わない人とも会う機会が多い。
その中には面白い人と面白くない人がいて、時間の濃密さ深さ、楽しさの差が激しい。
両者にある差は『考えている人』と『考えのある人』であると思う。
『考える』を通して『考え』が生まれる。
つまり動詞から名詞になる時に、物事を深く深く思案した先に『自らを支える軸』が出来上がるのだ。
この軸がある人は、ブレ、ズレ迷いがなく話にも筋が通っていて力強い。
また、聴いていて『新たな視点』をもらうことができる。
一方で考えている「くらい」の人は、まだまだ弱く穴が目立ち、急所を突くと狼狽する。
そんな人たちだが、私と話す人の共通点は『走れる人』である。
走れる人だからこそ、走る前に『考えさせ』なければならない。
あるいは走ったのちに『考え』にしてほしい。
深く深く考えて考えて、『考え』を生み出してほしい。

期待はしない。期待は失望の母だから。
褒めることはしない。褒められることをゴールにしてほしくないから。
代わりにしていることは、信じることと、感謝すること。
グローバルウォークでは毎年早めに忘年会を開催しており、今年は2025年12月3日だった。
17年9カ月と18日。創業してから俺もグローバルもスタッフも、楽しい事、苦しい事、辛かったことが、いっぱいいっぱいあった。
助け合い、支えあい、時には喧々諤々になりそうなこともあるほど、皆が自分事のように会社の事、仕事の事、皆の事を本当に考えてくれている。
この夜も『仕事の話しをしたら、都度罰金100円』というルールを、完全に無視する始末。(笑)
本当に素敵な会社になった。
本当に素敵な素敵な子分どものおかげだ。
皆のおかげで本当に本当に、俺も素敵になる事ができた。
でも、もっともっと素敵になろうな。
最後に、2年という屈辱を見事に跳ね返し、最上位タイトルに返り咲いた男。
信じたことより、信じさせてくれたことに感謝している。
ありがとう。

よし兆の大将、女将、スタッフの方々。
いつも美味しいご飯をありがとう。
先日どうしてもお鮨が食べたくなり、必死で調べに調べた。
興味をそそられない店は開いているが・・・ここに行きたい!と思った店は、予約でいっぱい。まったく空きがない・・・。
しかし、とある高級予約サイトには唯一1枠だけ空いてるやん!!!!
思い切って滑り込みポチしてみた。(笑)
店構え、店内の素敵さ、接客の素晴らしさは入店ほどなくして感じた。
これは並みの店ではない。
入ってすぐにカウンターの立ち食い鮨、奥が大将のおられる『はなれ』。
私は2階のカウンター個室へ。
私の舌は決して鈍くない!と自負している点において、誤解を恐れず自分を棚に上げて言うが、料理の素晴らしさは過去に体験した数少ない『絶賛一流』に加えるほどである。
板さんとコミュニケーションをとると、この店実はミシュラン1★店『だった』ようで・・・!?
とったあと半年は予約で詰まってしまい、常連さんがなかなか入ることができず、また大将の「鮨はもっと気軽に食べられもの」という趣旨から外れたようで、自ら返上したのだとか。
そら美味いはずやで!!!!
絶品はカワハギの肝の巻きとサワラの炙り!(全部美味しかったし、ペアリングの日本酒は・・・本当に美味!)
板さんとのコミュニケーションは楽しかったし、勉強にも刺激にもなった。
こちらのお店の作りが3パターンになっている理由を聴くと、コンセプトだけでなく、社員教育やキャリアアップのためである、といった聴かなきゃ教えてくれる事のない、鮨屋ならではの話を聴く事ができた。
お客さんのいる開店中に、親方のサポートをしながら、握り方を『見て学ぶ』事はある。
そして閉店あとは『見て教えてあげる』事もできる。
しかし、鮨屋の世界は上の人間が去らねば、修行先の板場に立つことができず、結果辞める弟子が多いそうだ。
そうして修行先を辞めた『握れない鮨職人』が増えているのだ。と。
握れない職人とは、握る技術はあっても、『お客さんの前で握ったことの無い』職人、つまりこのような『やりとり』の経験がないまま、お客さんを相手にする『視野の狭い技術屋』を言うのだろう。大将はそうしないために立ち食い鮨で、自分の板場を持たせ、大将である想定で実戦させる。
また某大手回転寿司チェーンに提供する一部レシピは、社内コンペで採用となるそうで、採用された人間にフィーが入る。
鮨職人はボーナスや退職金が望めない。だから自己研鑽での成果報酬を得られる案件を外部からとってきて、社員に還元しているそうだ。
2階の個室カウンターは、次の店舗の大将を約束されている板場を持たされる。つまり只今副監督のようなポジション。
すごいロードマップだ。
しかし、この道は緩やかではない。
なにせ、大将は『良く怒る』そうだ。(笑)
こちらのシャリには砂糖が使われていない。
砂糖が入る意味を知っていれば、なくす技術もわかるようだ。
何が何ccで、何gかなど、レシピを全て細部にわたって教えるそうだ。ゆえに弟子は失敗が許されない。
ここまで伝えられたのだから、失敗はない・・・はずだが失敗するのが人間。
メチャクチャ怒られるそうだが、全てを『自己責任』と弟子の皆は自覚している。
弟子は『見て学ぶ』機会がある。そして閉店あとは『見てもらえ、教えてもらえる』事もあるが、『盗む、答え合わせをする』能力のない人間は、大将の言語の『読解力』がないとされる。
だがこちらの店のシステムや教育方法は、鮨に対する『理解力』を鍛えることにあるし、弟子全員がきちんとレースを走れる仕組みだ。
そして一番驚いたことは・・・大将は修行経験のない理数系出身者なんだとか。(笑)
担当いただいた板さんは、修行経験もあり独立経験もある。
「型無しゼロイチ大将の下で働くことは、プライドが許せたのか?」と聴くと、「あんな美味いものを出されちゃ、自分は何をしてきたんだろう?って思いましたよ。」と清々しい顔で答えられた。
カッコいいな。
この潔さ、素直さ。
これまでの経験を横において、ゼロからこちらで絶賛学び中。
そして、2年後は東京の店舗を任されるそうだ。
再訪を約束し、東京出店の際は必ず伺う旨を伝えた。
浴びるように、一流を当てられて色んな事が学べ、刺激的な夜だった。
担当板さんの『一流』を感じ、大将は『超一流』なのだろうと思った。
私もいつか必ず一流になる。
専門分野だけをまっすぐ歩かずに、こうやって感性が磨かれる『寄り道』をして、『誰にでも分かる、私だけの一流』になる。

※鮨屋で写真はNG!なので撮りません。
★返上もしているので店名知りたい方は、ご連絡くださいな(笑)
結構前になるけど何度か雑誌に掲載させていただいたことがありまして。
この2冊だけは、未だ買える・・・。(笑)そうなので、一応アナウンス。
介護経営白書2016-2017年版 介護福祉新時代の“到来”
『今、注目されるニューリーダー11人の発想と人材育成術』

地域介護経営 介護ビジョン 2020/12月号―介護を変える多面的介護経営情報誌

わたしは44歳を過ぎて初めて、出来ない自分と出来ていなかった自分を自覚した。
浅い知識と薄いスキルで、なんとなくやれていたし、ほどほどにリーダーとしてチヤホヤされて自惚れていた。
あの当時鴨頭嘉人を学び、知識と技術をどんどん上乗せしていた。
だが、学べば学ぶほど、実践では上滑り。
しかし学び深掘りしたからこそ辿り着いた藤本孝博の志塾。
大人になって、これだけシバかれ泣かされ、素敵に抱きしめられるとは思いもしなかった。
毎期脱走者がでる不思議な塾…笑
志塾で学んだ事は山ほどあるが、今日は掻い摘んで一つ。
『人間関係は人間関係の中でしか磨けない。』
言いやすい人や言える事、言いやすい事だけは言って、
言いにくい人や言いにくい事、言えない事は言わないなどあり得ない。
そうやって人を選んで口を動かせば、リーダーが勤まるなら誰も苦労はしない。
言いたい事を言ったら人を傷つけるかもしれない。
というのは、起きていないことにビビり散らかして、他人を使って言えない自分を肯定しているだけだ。
どうせ言っても分からない。
というのも、伝える事ができない自分を棚に上げて、他人を見切っているだけだ。
いずれにせよ、言う努力もしない者にリーダーは勤まらないし、サボって、手を抜いて信頼関係など築けるはずがない。
手心加えた相手が、こちらに本気で挑むはずがない。
ようするに、見切られているのは自分なのだ。
これに気付いた当時は、忸怩たる思いだった。
だが、自分の力で答えにたどり着いたからこそ、今までの自分に決別し、徹底的に『本当の事を言う』努力ができている。
伝わるかどうかは言った後で考える。
言ってもないのに、言った後のことを考えるのは時間の無駄だ。
相手を見切るなど以ての外だ。
リーダーは妥協して成れるものではないのだ!
