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2025年はとても充実した、濃密な1年だった。
1年があっという間の45年だったが、今年は、非常にゆっくりとかみしめる様に過ごすことができた。
誰かが言っていた『あっという間に1日が、1週間が、1年が過ぎる人は何かに追われている人である。』という言葉から考えると、仕事の仕方、時間の作り方、スケジュール調整など、自分なりに『時をコントロールできた』のだろうと思う。
ある程度子分たちに仕事を任すこともできたし、勇気をもって『見ない』というリーダーの在り方もできるようになった。
ここ数年との違いは、芝居や落語にミュージカル、映画、音楽、リラクゼーションなどなど、仕事に関係のないところにお金を使い、価値観の枠が広がり、感性高く、センスも磨かれた。
それを帰ってシャバで開放し、成長を実感できた1年だった。
これからも内側と外側、色んなものに目を向け自分を成長させたいと思う。

先日大阪難波にBachoのLIVEを観に行った。
インディーズだし売れてないので、なんの予習もなしに本番に挑んだのだが・・・。
恐ろしく良かった。(笑)
メンバーの阿吽の呼吸、音、歌詞。
俺は普段LIVEで歌詞を正確に聴き取れないのだが、彼らの楽曲は歌詞を『際立たせる』。
結構泣いたな・・・。(笑)

それから数日後、名古屋で劇団四季の『マンマ・ミーヤ』を観た。
これも最高に良かった。

キャスト一人ひとりが、与えられた役を理解し演じ、そしてそれを楽しんでいるようだった。
席はド真ん中のド真ん中だったので、全体を見るには適した場所に思えた。
しかしメインキャスト以外にも目をやる場面があったので、以外にも角度をつけた席のほうが『違った発見』があるのかも・・・。と思えた。
さてこの俺のブログでしか交わることのない、『Bacho』と『劇団四季』。(笑)
Bachoには勇気と主体性、直線的視点を。
劇団四季からはパワーと自主性、多面的視点が感じ取れた。
共通していることは『生と動のエネルギッシュなところ』
色んな発見のあった1カ月。
目先の事や感情、自分の事をいったん傍らに置き、お金と時間を遣って『他人を見る』。
見て『自分を見直す』。
それを経て身近な『シャバ』で、身近な『他人』を理解する。
そうして『自分が見えてくる』
ありがとう。俺以外の人たち。(笑)
THE YELLOW MONKEYのボーカル、吉井和哉のドキュメンタリー映画『みらいのうた』を観に行った。

イエモンが好きだったから、という事を差し引いたとしても、とてもとても素晴らしい、素敵な映画だった。
彼のRock ‘n’ roll Teacherである『ERO』が脳梗塞で倒れ、歌を歌ったり、ギターを弾くことだけでなく、仕事をすることも不可能になった。そんなEROのために『何ができるか?』と考えた吉井和哉が、イエモン結成の前に二人で活動していた『URGH POLICE』というバンドの曲をセッションしないか?というのがドキュメンタリーの趣旨だった。
しかし、撮影を進めていくと吉井和哉自身が咽頭癌であると発覚したことで、吉井和哉を中心にしたタッチと、吉井和哉とEROを中心にしたタッチで作品は描かれていた。
俺は解散したイエモンが2016年に復活したときにLIVEを観に行って、その時もメチャクチャ泣いたが、この日も鎖骨まで涙が流れた。(笑)
作品の良さはもちろんの事、ミッシェルガンエレファントのチバユウスケやBUCK-TICKの櫻井敦司に触れたことも要因の一つである。
しかしEROは最高にカッコよかったな!!!
俺もあんなSilver RockStarになりてーな。
私はいろんな人と話す。特に年末ともなると、しょっちゅう会わない人とも会う機会が多い。
その中には面白い人と面白くない人がいて、時間の濃密さ深さ、楽しさの差が激しい。
両者にある差は『考えている人』と『考えのある人』であると思う。
『考える』を通して『考え』が生まれる。
つまり動詞から名詞になる時に、物事を深く深く思案した先に『自らを支える軸』が出来上がるのだ。
この軸がある人は、ブレ、ズレ迷いがなく話にも筋が通っていて力強い。
また、聴いていて『新たな視点』をもらうことができる。
一方で考えている「くらい」の人は、まだまだ弱く穴が目立ち、急所を突くと狼狽する。
そんな人たちだが、私と話す人の共通点は『走れる人』である。
走れる人だからこそ、走る前に『考えさせ』なければならない。
あるいは走ったのちに『考え』にしてほしい。
深く深く考えて考えて、『考え』を生み出してほしい。

期待はしない。期待は失望の母だから。
褒めることはしない。褒められることをゴールにしてほしくないから。
代わりにしていることは、信じることと、感謝すること。
グローバルウォークでは毎年早めに忘年会を開催しており、今年は2025年12月3日だった。
17年9カ月と18日。創業してから俺もグローバルもスタッフも、楽しい事、苦しい事、辛かったことが、いっぱいいっぱいあった。
助け合い、支えあい、時には喧々諤々になりそうなこともあるほど、皆が自分事のように会社の事、仕事の事、皆の事を本当に考えてくれている。
この夜も『仕事の話しをしたら、都度罰金100円』というルールを、完全に無視する始末。(笑)
本当に素敵な会社になった。
本当に素敵な素敵な子分どものおかげだ。
皆のおかげで本当に本当に、俺も素敵になる事ができた。
でも、もっともっと素敵になろうな。
最後に、2年という屈辱を見事に跳ね返し、最上位タイトルに返り咲いた男。
信じたことより、信じさせてくれたことに感謝している。
ありがとう。

よし兆の大将、女将、スタッフの方々。
いつも美味しいご飯をありがとう。
グローバルウォークでは、送迎ドライバー、交通誘導員を募集しております!
早朝のお仕事になるので、現職のお仕事の前にダブルワークはいかがでしょうか?
送迎ドライバーは待ち合わせ場所、ご自宅へお迎えに行き病院までお送りいただく仕事になります。
交通誘導員は、病院入り口から駐車スペースまでの誘導になり、現在学生の方も活躍いただいております。
時給や時間等はリクルートページに詳しく載せてありますので、ぜひご覧ください!
ご応募、お待ちしております!

感性とは一つの方向から一点を見つめるのではなく、そのものの背後にまで回り込んで、全てを感じるように関心を持つ『力』だと思う。
センスとは、色の無いところ、音の無いところを『感覚』で捉え、色を起き、音を鳴らすという『表現力』だと思う。
それには『自分の言葉』をもちいて、『自分の動き』で花を添える鮮烈さが求められる。
どちらにも『力』という字を使ったのは、これが先天的な『持って生まれた』才能ではない。と信じているからだ。
先日伯母と食事をしていた際『親戚の中でアンタに一番期待していなかった。』と言われ、とても嬉しかったし、伯母の言葉のチョイスや、この『時間差』攻撃が素敵だと思った。
そりゃ大人の意見は聞かないし、悪さするとんでもない悪タレ小僧だったから。(笑)
期待なんてされなくて当然。
だけど、あの時期待されていたら、応えられなかったのは間違いないし、素直さを失い伸び伸びと成長させてもらうことはなかったはずだ。
また期待していなかっ『た』という言葉は、今期待をしてくれていなければ使われることのない言葉である。
つまり長い歳月をかけて、いい意味で僕は伯母の期待を裏切ることができたのだ。
あの時の僕に余計なプレッシャーをかけず、今日までの成長を見守ってくれていた伯母と伯母の感性に感謝である。
あの時じゃなくて今、過去形で話してくれたセンスの良さにシビれた。(笑)
感性とセンスが織りなす綾は素敵である。
感性を高める事を怠るやつは、『見分ける力がなく』詐欺師に騙される。
詐欺師に悪そうなヤツはいないし、人がよさそうに見えるのが詐欺師だから。
本気でお前を騙しに来てるプロだから。
しかし感性が高い奴は絶対に見破る。
センスを磨くことを怠るやつは、錆びる。
錆びた言動で、誰かの心に『何かを残す』人にはなれない。
誰かの心に何かを残す人は必ず、『自分の言葉』を使う。
世界の波に乗るのではなく、『自分の動き』で世界に波を起こす。
感性を高め、センスを磨く。
一流になるのに欠かせない研鑽である。

言葉の意味は一つではなく、複数ある。
調べる辞書によって多少の差があることを前提に、言葉の意味は、ほぼほぼ決まっている。と私は思っている。
コミュニケーションは発信者と受信者がいる。
発信者の語気、語彙力や受信者の感受性、語彙力の無さなどが、互いのコミュニケーション能力『差』において誤解を生じさせる事がある。
どちらかが譲らなければ、あるいは互いが譲り合うことでコミュニケーションのバランスは保てるのだろうが、圧倒的に発信者の『手心』よりも、受信者の『無能さ』がアンバランスを招いていると思ったほうがいい。
手心を加えられるとは、あなたに手加減しているという意味である。
つまり『あなたに手を抜いてなお、私はあなたに伝えたいことがある。』という事で、発信者としては『覚悟の塊』だが、受信者は一切成長しない。
『成長しなければ人は死んだも同然。』
どなたか賢い人が言ってたような。
でも女王の教室はもう一歩踏み込んでたな。
『好奇心を失った瞬間、人は死んだも同然。猿以下です』だったかな。(笑)
至極その通りだと思う。
教育で人は成長する。しかし人に教えてもらう事を頼みで生きてきた人は、成長速度の鈍化に気付いていない。
また昔取った杵柄が生きていることはよいが、それ『だけで』で生きていくことは難しい。
時は流れているし、世界は変わるからだ。
ゆえに『学習』が必要であり、その根本が『好奇心』だ。
先日、好奇心のある人と、ない人の違いに気が付いた。
ある口癖だ。
『何?なぜ?』という深堀して聴くセリフの『多さ』だ。
その言葉の使用頻度の高い人ほどセミナーに通っていたり、習い事に行っていたり、師匠と呼べる人がいる。
遅かったかもしれないが、遅すぎたわけではない。
今からでも好奇心をもって『何?なぜ?』の使用頻度を高めて成長に繋げよう。
君ニ問ウ
『好奇心はあるか?』
