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またまたNET FLIXネタ(笑)
何か見ようかな・・・。と思っていたら、芦田愛菜の顔面がやけに説得力があって(笑)、今から3、4年前にしていた学園ドラマ、『最高の教師 1年後私は生徒に◆された』を見ました。

キーワードは『やれることは何でもやる。』と『憶測で語るな。』
このほかにも、各回においてキーワードは沢山あった。
しかしとてもとても素敵なセリフに出会い心を打たれた、とともに『そうよな。』と深く相槌をした。
『本気の覚悟は世界も常識も覆す。』ダ!
言うは易し、やるは難し。
やるは難しも、覚悟を決めて本気でやれば、「やれる」どころか社会や常識を変える。
嘘のような、でもホントの事。
師匠BOSSの言葉を思い出す。
『やるか、やらんかちゃうゾ。やるか、メッチャやるしかないんやゾ!』
やるか、やらないかで取り組む人の結果は、どちらかしかない。
メッチャやった人は社会も常識も打ち破る。
ルールを守るやつはアホ。
賢い奴はルールを変える。
すごい奴はルールを作る。
(※誤解がないように補足する。アホとはルールが正しいか思考、判断せずに正しいものと『思いこみ』やり続ける人の事)
・・・これもまたBOSSのセリフやん(笑)
今の現状で変えたいことは、少なからずある。
やれることを何でもやって、本気の覚悟でメッチャやる。
そうやって自分も自分以外も巻き込んで、現状より『もっと』いい景色を作りたい。
女王の教室か3年A組あたりも見たいな〜・・・。
自分を前に進められない。
自分を変える事が出来ない。
いや、正しくは…。
自分を前に進められるけど、進みたくない。
自分を変えられるのに、変えたくない。
進められない、変えられない。ではない。
進むことができるのに進まないのは、進みたくない。だけ。
変えられるのに変えられないのは、変えたくない。だけ。
勇気がない、ただのビビりなだけ。
自分が可愛いだけ。
本気になって取り組んで失敗したくないだけ。
しかし失敗などないのだ!
他人の目を気にしているだけ!
進んだ自分や変わった自分を見てくれるか?認めてもらえないんじゃないか?自分を好きになれるか?
そんな些末な事だろ?
恥も外聞もないのだ。
今日が過去イチ最高かもしれないが、人生史上最高は明日かもしれない!と思え!(俺は今日だが、笑)
悪目立ちこそすれ、あなたが思っているほど誰もあなたを見ていない。
言い訳しているうちに、人生などあっという間に終わる。
気付いた頃には体は言う事を聞かず、動かない。
そんな満身創痍の時に自らを鞭打つより、今この時にやるべきだ!
ラストチャンスと言っていいだろう。
進みたくなくても、変わりたくなくても、感情は置いておいて、まずやろう!
進め『た』、変われ『た』と過去形で話す後悔はしたくないだろう。
今、あなた達に届くと信じて、あなた達が変わるキッカケになると信じて書き残しておく。

先日駅で教え子に偶然バッタリ出会った。
『就職しましたよ!』と元気な声だったが、直後にその顔が曇った。
初めて食事介助をさせていただいた利用者が亡くなったそうだ。
落ち込んでいる彼女を励ますつもりではなく、単純に心に落ちてきた言葉をそのまま伝えた。
『辛いだろうけど、あなたの人生の1ページに登場してくれて感謝だね。また誰かに繋げていこうね。』と。
去り際に『先生。介護とは心にかけて尊厳を護る事。ちゃんと覚えてますよ!』と言ってくれた。
メチャクチャ嬉しくて電車に飛び乗った。
想いや考えが伝わるって嬉しい。
心に届いたって嬉しい。
心に留まってることが嬉しい。
自分の言葉を他人の口から聴けた事が、嬉しさを超えて最高に幸せだ!
ひとつ自分の夢がかなった!

ありがとね!
SNSの過去ログから、昔のブログがでてきた。

少し恥ずかしくもあったが、なかなかイイコト書いてんじゃん!(笑)と思ったので、お裾分けです。(笑)
先日故郷沖縄に墓参りを兼ねて帰省していた。
が・・・。伊丹空港で5時間遅延・・・涙。
文句を言っても仕方ないのでラウンジでU-NEXTを検索し、『マーガレット・サッチャー鉄の女の涙』を観た。

好きな女優メリル・ストリープが演じていたのも、観るにはハードルを低くしてくれた。
歯に衣着せぬ物言い。
やると決めたら、これが正義と決めたら、損得勘定なしにやりきる!という信念のある英国首相と記憶している。
この映画は晩年のサッチャーから始まり、回想するドキュメンタリータッチで描かれていた。
首相辞任後の晩年、彼女が認知症であったとは、作品を通じて知った。
今日ここでブログに挙げる理由はこの点だ。
過去のことを思い出すシーンと、亡くなったご主人が『いる』と錯覚しているシーンが複雑に絡み合い混乱していた。
たびたび引き出しの中のものをひっくり返し、『生前整理』をしていた。だがこれはサッチャーのいる世界ではなく、『周りの人がいる世界で』、みな少々呆れ気味で哀れに彼女を見ていた。
しかし『サッチャーの世界』ではただの『荷造り。』
夜通し続く荷造り。部屋中衣類や書類が散乱し、時に過去の記憶と相まって立腹し、焦燥し『断捨離』もしていた。
朝方訪れたサッチャーと娘の会話が素敵だった。
娘『おはよう。これどうしたの?』
サッチャー『荷物をまとめてるのよ』
娘『そう、なにか手伝おうか?』
サッチャー『いいのよ。私がするから』
娘『そう、わかったわ。』
『ここから先はサッチャーの世界』と玄関の表札に書いていたのか?というくらいの対応力。
くわえて『正そうとしない。』こと。
我々もこういう対応をみて学ばねばならない。
誰かに『こんな対応をするんだよ』と言われてすることから始め、気付いて直し、気が付いたら普通にできるようになっていた。
これが『身についた。』という証拠。
今からでも遅くはないから、『私たちのいる世界から出て』少しずつ始めよう。
SUPER BEAVERの曲で、彼らの曲の中でも上位に位置するくらい好きだ。
二人といない 前例もない 比較できない
対象がないから 独りが怖い
当て嵌めてたい 比べるでしか価値が見えない人へ
ほかにももっとグッとくるとこがあるんだが・・・。
今日はこんな人にメッセージを。
自分の人生を自分『次第』で生ききるとは、誰かと比べる事ではなく、自分のしていることを正当化することでもなく、ただただ湧き上がる気持ちに対して『行動して丁寧に形にする事』だと思う。
PDCAサイクルをまわす。などと世間様では言うが、わたしはDCAPサイクルだ。
計画(P)から入ると考えすぎて怖くなったり、やった気になってDOにうつれない時が過去にあった。
だからまず動いて(D)、チェック(C)して、改善(A)して、形(P)にする。
最終目標の『形』に拘るからこそ、わたしは初動の『DO』を欠かさない。
そして、これこそが湧き上がる気持ちの『証明』なのである。
口では何とでもいえる。
心の中では何かを確かに想っているのだろう。
だが、『DO』を無くして『気持ちの証明』にはならないのだ。(そもそも気持ちや目標、目的がない人にはこの話しは伝わらないだろうが・・・。)
そんなことを考えもせず、何かに自分を当て嵌めて、他人と比較することに価値を感じてしまう人がいる。
自分と同じ人はいないし、自分と同じような生き方の前例もないし、自分を他人と比較しても優劣はない。
続きに、『生まれて死ぬまで一人なのは、誰も独りきりではない。』という証明。という歌詞がある。
まずは一人(何かに当て嵌めたり、誰かと比較などせず)になって湧き上がる気持ちを自分の行動で『証明』してほしい。
一人になることは『孤独』ではないのだから。

今月はグループホームの全体集会。
毎年2回の消防避難訓練を兼ねて開催している。
その中で『幸せになるための認知症ケアproject』の中間報告をするにあたって、各ユニット担当者と打ち合わせをしている。
目指している目標、現況報告、改善案、担当者の想いを話してもらうのだが、一つずつ組み立てないと担当者の想いに引っ張られて、話が一方向にしかいかない・・・。
だが、リアルな話しは聴いていて頼もしく、愉快である。
認知症の方か否かに関わらず、人の不安は無くならないし、消せはしない。だから認知症ケアにおいて最も大切なことは、不安を除去する事ではなく『安心していただける』アプローチや環境作りだ。と私は考えている。
だからこそ利用者に不安が起きた時『いつ、どこで、どのような』状況だったかを把握し、そしてその不安の前に『どんな気持ちになっていたか?』を想像することが必要だ。
そこからどんなことができるか?どんな環境が望ましかったか?をアプローチに繋げていく。
そうでなければ認知症ケアは『不安症状の火消し』に終始してしまい、あまりにも専門性がなさすぎるし、利用者は『私たちを困らせる存在』になる。そしてスタッフも疲弊する。
誰にとっても幸せは訪れない。
『不安に寄り添う』とは徹底的に不安を分析することなのだ。
そんなことを日々喋っている中で、担当者が書いている一文が目に留まり心に刺さった。
『想いに間に合わなかった場合は・・・』
彼女には珍しい言い回しではなかったのかもしれないが、あまりにも私の心には刺さった。
私が言う『不安症状』を彼女は『想い』と捉えていて、対応の遅さを『間に合わなかった』という人を責めない言葉を遣っていた。
とても、とても素敵な言葉、そしてセンスだ。
専門家になれば知っていることも、分かっていることも増える。
しかし『見えていない』ことがある。
それをスタッフから学んだ日だった。
感謝感謝。

先日、経営者仲間に『社員との信頼関係に必要なものは何でしょうか?』と質問された。
脊椎反射のスピードで『互いのリスペクトでしょ。』と答えたのだが、彼は「それを築くために必要なことは何か?ってのが聴きたいんですよ。」と返してきた。
・・・。ちょい待て。(笑)
言葉の意味が違いますよ。
信頼はTrust。リスペクトは尊重である。
Trust Relationshipという信頼関係には、前提としてRespectという尊重の概念が必要である。というのが私の考えだ。
私たちの支援に『自立支援』という言葉があるが、もう一つ同じ言葉で『自律支援』という言葉が存在する。
大きく分けると自立支援は身体的自立を指し、自律支援は精神的自立を意味する。
病気や事故からの復帰という意味で使われる自立支援だけでは、先天的に障害のある方や不治の病の方には適さない言葉である。
精神的自立とは、『自分で考え、自分で選び、自分で決定する能力を支援する事』と定義されている。
しかしこの言葉をそのまま捉えると、全ての人が『考えられるのか?選べるのか?決める事ができるのか?』と否定的な言葉が飛んでくるだろう。
この定義は少し言葉が足りていない。
全ての人間は自分で考え、自分で選び、自分で決める『という能力がそもそも有る生き物だ。』として『扱う』という事だ。
この言葉を補足すると精神的自立の解釈がしっくりくるのではないだろうか。
この『そもそも、そのように扱う』こそが私の考える『Respect』なのだ。
わたしは年齢や性別、地位に関わらず、全ての人をそのように扱うRespectがある。(※Respectし続けるかどうかは、私の人権を侵害しない限りという条件がある。)
多くの人がRespectを尊敬という意味で使っていると思う。
そう解釈すると私の言う信頼関係の構築は、理解できないかもしれない。
そして、信頼関係の構築ではなく『信用関係?』で悩んでいるようだ。つまり信頼と信用の意味を間違えている。ということだ。
信頼は『する人が自由に決める』
信用は『される側の条件で決まる』
『社員との信頼関係に必要なものは何でしょうか?』と聴いてきつつ、本心では『信用されるために私に必要な条件は何ですか?』と聴いているのだろう。
その答えはもっと簡単だ。
社員に聴け!(笑)
信頼は、社員が勝手に決めるのだから、いちいち考えても仕方がない。だからむしろ勝手に決めていいのだ。正解か不正解かは分からないが、今のところわたしは、とりあえず勝手にそう決めている。
